現行の精神保健を推進する派も、反精神医療を信じてやまない派も何だかズレていると思います。なぜならば、少なくないケースで「本人がどうして行きたいか、どう生きていくのか」を大切にしているのではなく、それぞれが自分の考えている考え方を普及させれば良くなっていくのだという傲慢さを感じるからです。上記で出した2つの軸(現行か反精神医学か)はそもそも対立軸ではありません。いつまで経っても日本国内のメンタルヘルスにおける議論が深まらないのは、本人の人生に焦点を当てていく動きが拡がってこないからかもしれないと考えています。
現行の精神保健においては、生物学的精神医学を支持する医師のもと薬物療法で脳内の化学的バランスを整えていくことが行われています。その考えにさして疑問を挟むことなく、医療、福祉、教育、司法、就労分野はじめ、ありとあらゆる領域にその考えは浸透しています。
一方でそこに反対する方たちは薬物療法への拒絶を示し、食事、運動、人との関わり、各種セラピーこそが良くなっていく道であると個人が、または団体が主張している訳です。私はどちらかと言えば後者であるこちらの考えに近いのですが、それでも何だか押しつけがましい人や団体が多いです。押しつけがましいというのは、あなたもコレをやってみなさい、コレ良いから、アレよりもコレ等。
この2つの動きに関してどちらにも気乗りがしないのは、お互いに自己主張こそが「正しいのだ」という傲慢な態度にあるのかなと感じます。過去には自身もこの2つの軸の間を揺れたりしていました。2軸の間を揺れているうちは本質に近づかないのだとも考えています。本質とは?それはやはり本人の人生は本人が主役であるということ。そこを侵さない程度に情報提供したり、日常的に関わることが事の本質なのではないかと。
もう1度言いたいのですが、この2つの考え方の行ったり来たりするのではなく、それ以上に本人がどうしていきたいのか、そこに真摯に関わることが大切なのであり、2軸だけでなく、本人にとって他の軸、つまり多軸が選べるような関わりやサポートこそが必要なのではないかと考えています。