今日農村拠点に向かう途中、車内でなぜ安倍政権が失敗するのかを自分の言葉で言えるかを再整理していた。そこで出てきたのが3つの経済と経済を風呂桶に見立てることだった。
3つの経済とは、我々が日々行っている経済活動には3種類あり
①安倍政権が躍起になって進めている資本主義経済
②自給経済
③諦める経済(低成長型経済)の3つだ。
①はカネを媒介物としてモノ・コトの売り買いをすること。GDP(Gross Domestic Products;国内総生産)は日本なら日本国内でどれだけのモノ・コトを作り出し、売り買いしたかを表す指標である。これが極端に進んだのが日本であり、①の比率が高いと生産が専門的になり、人間として生きていくために必要な物を作り出すことが出来なくなるリスクが高い。カネさえあれば必要なモノは買えるからだ。
②、③は戦前の日本、より正確に言えば明治以前の日本で比率が高かった。②は自分のために食糧などを作ることに加え、身近な存在にお裾分け(贈与)のため生産することも含む。これはGDPに算入されない。③は欲しいモノを我慢すること。自分で作らず、買わず、諦める。意図的に③を実行することによって生態系を守り(モノを生み出すことは自然を壊す作用が多分にある)、「今」消費せず、将来へ「消費」を贈ることが出来る。
上記を考えると安倍さんがやっているのは①だけだ。ただし経済政策は①、②、③の組み合わせ・比率を検討し進めていくことである。①を100%で②、③が0%では人々はカネを集めることに躍起になり、カネを稼いだ者が偉いという何ともさもしい社会になり果てる。今の日本を見て痛い程分かるだろう。
名古屋市にいると上記の比率は①:②:③=9:0:1といった所か。農村の下呂市萩原町山之口を見ると7:2:1ぐらいだろうか。田舎が資本主義経済に染まったのは戦後の公共事業投資が大きかった。田舎でも雇用が生める、儲かるとなればそれに飛びつくものが出て、それを見た者は俺も俺もと次々と資本主義経済の中に入って行ってしまった。
はっきり言わせてもらうと、田舎でお金が稼げると思ったら大きな間違い。東京や大阪に出た方がカネは稼げる。
でも名古屋に住む人たちは個々が本当に生きることを実践しているのだろうか。名古屋で働いていて悩んでいる人の話を聞くと多くが健康に対する不安(まぁ高齢者関係の仕事なので極端な話だが)だ。薬を飲んでも良くならない、歩けなくなったらどうしよう、一人で死ぬのが怖いetc・・・
田舎に住む高齢者に話を伺うと、昔は60歳で耄碌(もうろく)したと言われ、60歳になるとお迎えが来てもいいと達観している人も少なくなかった。
でも今はどうか。80歳になっても90歳になっても生に執着している、死への恐怖が拭えない。話は少し逸れたが、生きるを実践している人が少なくなってしまった原因を考えると結局の所①の比率が高くなりすぎたことが主因であるようにしか思えない。
これは大雑把な数字であるが、今後は①:②:③=4:3:3ぐらいで考えてはどうだろうか。自給経済を拡大すれば逆説的だが資本主義経済が活発になることも考えられる。なぜなら今まで余所で稼いで余所に流れていく経済活動が主流だった(例えば田舎から出稼ぎで都市で稼いだカネを田舎にあるヤマダ電機やコンビニ、大型スーパーで消費する。大型スーパーはそこで得た利益を他に再投資する、つまり経済は循環せず流出する)のが、地域内で循環した経済活動に変わり、グロス(全体)ではGDPは減っても、地域に回るカネは増えることになる。そして贈与経済が発達すると地域の結束も生まれ始める。そしてそして諦める経済を実践することで生産活動をしない(モノを買うためにはカネを稼ぐ必要があるから)ため時間が出来、地域と対話する時間が増え、生態系を守り、創造的な活動が出来る可能性が広がり多様性が出てくる。ユートピアだろうか。
そんなことは無い。
もう一つのたとえが風呂釜に見立てた経済だ。風呂に湯を入れる蛇口をGDP成長率(刻々と行われる経済活動)、風呂にはっている湯が国富、排水口が経済損失だ。安倍さんは蛇口から湯をたくさん出すことに一生懸命だが、排水口から出ていく湯に関しては無頓着だ。経済活動をどんどん広げ、山を壊し、川を潰し、緑をコンクリートにする。これは紛れもない国富の減耗だ。事業と同じでいくら売り上げを上げても支出が多大であれば純利益は赤字だ。21世紀に入り、大きな商社はそんな基本的な算数にようやく気付き、売上至上主義から純利益至上主義に転換した。安倍さんが排水口から出ている湯を減らす政策を打ち立てる様子は今のところない。
3つの経済、風呂釜に見立てる、このいずれでも良い。ここからまちづくりを各自治体が考えていくことなくして、まちおこしなど出来るわけがない。残念ながら私が生活をしている農村拠点ではそんなことを考えている様相はない。地道に説いていくつもりだ。
一度各々が住んでいる自治体が①~③の比率がどれくらいか、そして今後まちづくりをしていくために比率をどうしていけばどのような町になるかを考えて欲しい。これは行政の振興担当だけが考えることではない。住民1人1人が考えるのだ。
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