Aさんの場合

彼はお会いした当初、気分障害(うつ)と診断を受けていました。10年前に会社で仕事の内容で上司に厳しく叱責されたことから会社へ行くことがだんだん億劫になり、ついには出社せずに家に引きこもるようになったそうです。両親が見かねて心療内科に行った所、抑うつ症状であると言われ、抑うつ剤を処方。その後、うつ病となり、とうとう仕事に1度も復帰できないまま退職となっています。

 

私と会った日は退職後、数年経った時でしたが、不眠を訴え、欝々とした気持ちがいつまでたっても無くならないと話されていたことを覚えています。彼の抱えている辛さとしては、上記症状に加え、同世代が社会で活躍しているのを目の当たりにすると自分は何をやっているんだという自分への不甲斐なさ、あの時(会社で上司から叱責された時)に会社へ行っていればという後悔の念でした。

 

私も似たようなことでつまづいたことがあったので、何となく分かるような気がしました。

 

彼には、現状の辛い症状に焦点を当てすぎると更に辛くなっていく。症状は症状として受け止めて、やれることを少しずつやっていこうと伝えました。それでもしばらくはお会いしても同じような会話が続いていました。人は変えられない。この方もこのままずっと続いてしまうんだろうか。そんなことを頭がよぎったこともあります。しかし1年ほど経って転機が訪れます。

 

それは父親が病気になったことでした。あまり予後が良い病気では無く、母親も父親に付き添うことが増え、彼に関わる時間も少なくなっていました。実は両親は教育熱心だったようで、とにかく子供を良い大学に行かせたい、良い会社に入らせたい気持ちが強かったようです。それが子供にも十分伝わり、一生懸命にそれに子供も応えていた。そして会社を退職した後も両親は彼に対し色々とアドバイスをしたりしていたようです。それが子供には重荷にもなっていたようでした。

 

ひょんなことから関わりが薄くなり、彼は冷静に自分に対峙出来るようになっていきました。それからは、今の症状がクスリによって起こっている可能性もあること、うつは自然転帰でも十分寛解するものであること、辛い環境(彼の場合以前の職場)から離れることが気力の回復には重要なこともあるということ、両親との距離も近すぎる時には物理的に距離をとる(別居する)のも1つの選択肢であること、などを自身で勉強し、そして実践していかれました。

 

現在は別の場所にて仕事に就かれており、クスリもごく少ない量まで減っています。現在、彼と私の関係はたまにメールを頂く程度のものです。私は彼が快復に向かって着実に進まれたことから関わりを一旦終わらせました。今後、再びうまくいかなくなることがあるかもしれませんが、それは誰にでも起こることです。浮き沈みを繰り返しながら頑張って行かれることと思います。